直感とエスカレーター

InstagramがNY、ロンドン、ベルリンの写真で埋まっていた。

時差の関係もあるだろうけど、どこで撮っても絵になる街の風景は

私に焦燥感と羨望感を与える。

 

連日の温泉とスキンケアで花粉症にやられていた肌は少しずつ治って

きたけど、期待と好奇心がいっぱいで心躍る時と不安に襲われて

眠れなくなる時と、まるで、躁と鬱、陰と陽といった感じになる。

そんなに思いきった行動なのだろうか?

そこでまた不安を覚える。

 

現実味が帯びてきて、小心者が顔を覗かせているだけだと思うけど。 

とにかく、とりあえずの滞在部屋と現地でやることの具体化を。

日本にいてもなかなか巡り合わないのだから海外なんて難しいのは当たり前。

そう分かっていても1日何通ものメールを送っても返事がないと

さすがに凹んでくる。自信満々でアプローチしているのにどこの媒体

からも反応がない時と同じ心情になる。ポキっと心の中で小さな音が響く。

 

大人の複雑な恋愛模様を描くのが得意な作家・白石一文日経ビジネス

のインタビューでこう答えていた。

”運命の出会いは確実にある。直感が鈍っているだけだ。”と。

部屋も同じですよね。ビビッとくる家とシェアメイトと出会いたい。

余計な雑念ばかりが気になって直感が鈍ってるんでしょうか?

 

施設に入院しているおばあちゃんのかわりに亡くなったおじいちゃんの

お墓参りに行く約束した。お見合いで出会って、戦争という激動の時代を

生き抜いて、ケンカばかりで全然仲良さそうぢゃなかったのに、

今となってはとても気になる存在らしい。

選択する道などなかった時代。

見てきた世界はとても狭いものだったと思う。

夫となった人の仕事を手伝い、家事をやり、子育てをする。それが全て。

それが不幸だとは思わないし、広い世界を見ることが必ずしも

幸せだとは限らない。

ただ、自分の選んだ道がそうだっただけ。

 

もういつ振りか分からないぐらい久しぶりに父親と母親の誕生日

を一緒にお祝いした。子供は私だけ。

テイクアウトにしたお寿司と父親が好きな日本酒、母親が好きな

地ビールでささやかなお祝い。

中学の同級生で同じ誕生日で運命の出会いをした両親の

よく分からない不仲は相変わらず。

それでも寄り添って生きていくのだろう。

 

4ヶ月が過ぎようとしているここでの生活のエンディングが

見えたような気がした。

http://instagram.com/p/mxji6rysRv/

 

 ”人生は下りのエスカレーターを逆走しているようなものだ、

 ただ立っているだけではどんどん下に行ってしまう。

 普通に歩いてやっと現状維持だ。

 しかし、二階に駆け上がると違った世界が見えてくる。

 それは上がってみないと分からない。

 そこで何を見たいか、エスカレーターはどれぐらい長いか、

 それは人それぞれである。”

 

        山崎将志 著書「残念な人の思考法」より